夏も盛りを過ぎたようです。
24時間テレビが終わったら、もう2学期です。 9月1日の始業式の日は、宿題に追われて一睡もせずに 登校した学年もありました。 中学生の頃のことです。 さて、心身ともに充実していればハッピーなことですが、 気分や体調がすぐれない方もいらっしゃることでしょう。 自分のことを、不甲斐なく思っている方もいらっしゃるでしょう。 自分は本来、恵まれているのではないか。 今のところ一応、五体満足で。 不幸のどん底にいるわけでもない。 世の中や、外国には本当に大変な生活をしている人が たくさんいる。 なのに、「しんどい」などと言っているとは、何事だ。 自分に甘えているのではないか。 病気でも何でもないのではないか。 要は、気の持ちようだと、言われることもある。 そうなのかも、しれない。 病気に甘えているだけかも、しれない。 そもそも、病気でも何でもないのかも、しれない。 ただの怠けか、逃げなのではないだろうか・・・。 このように、うつ病その他精神疾患というのは、外からは非常に 分かりにくいものです。 最近は、脳画像研究の進歩によって病気の時の脳機能などが 詳しく分かるようになっては来たものの、日常診療で利用出来る ようなものではありません。 そこで、病気の時には周囲の方がさまざまな意見を持つことに なります。 私の診療所のような所に行くこと自体、問題視されることもあります。 ましてや、安定剤や抗うつ剤を飲むなんて、もってのほかだと 言う人もいます。 意志を強く持てば、いいのだ。 前向きになれば、いいのだ。 やる気を出せば、いいのだ。 確かに、そうかもしれません。 しかし、そうしたくても、出来ない時があるのです。 そこを、理解してゆくことが、大切です。 心の病とは全く無縁のような、一流スポーツマンやカリスマ的ミュージシャン、 あるいは大政治家でも、こうした病気になることがあるのです。 何か、理由があるはずです。 身体疾患の検索などが一通り終わって、特にこれといった 体の病気がない場合のことを考えてみます。 何か、理由が、よく分からない。 でも、実際にとても気分がふさいだり、体がだるかったりする。 理由がよくわからなくても、不調が実在しているのなら、 不調が実在しているという事実を、まず自分が認めて あげる必要があるでしょう。 「苦しいんだ」という事実を、受け入れないといけないでしょう。 今回は、一つの典型例を挙げて考えてみます。 何か本当にいやなことがあった。 辛い出来事が、たくさんあった。 それが、今だに尾を引いている。 何故、気持ちを切り替えられないのか。 みんな、大変な中でも頑張っているというのに。 いつまでも引きずっている自分は、ダメな人間だ。 はい。 いつまでも引きずっているのは、苦しいですよね。 自分が、嫌になるのも、もっともです。 嫌な出来事を、記憶から消去出来ればいいのですが。 しかし、感情的な体験であればあるほど、記憶は強化されるという 性質があります。 ですから、そういう経験を忘れ去ることが出来ないことは、 その人が悪いわけではありません。 ましてや、罪ではありません。 辛い記憶をいつまでも引きずってしまう時。 その記憶が消えてしまわないのなら、こんな風に 考えてみるのは如何でしょうか。 辛い記憶を思い出した時に、気持ちが沈んでしまう。 ここから、二つの道があります。 一つは、気持ちが沈んでしまったことに対して、こんな自分では ダメだと、自分を批判したり、非難する道。 この道は、まさにイバラの道です。 辛い記憶の再生 ↓ 気分の落ち込み ↓ 落ち込んでいる自分を非難する ↓ さらなる落ち込みや、自分への怒り ↓ どこまで続くか分からない、負のスパイラル ↓ ・・・・・・・・・・・・ さて、もう一つ、こんな道はどうでしょう。 気持ちが沈んでしまったことに対して、 「そうだな。辛いな。うん。本当に、辛かったよな。」 と、自分の辛さを理解してあげる道。 辛い記憶の再生 ↓ 気分の落ち込み ↓ 落ち込んでいる自分に暖かい理解を示す 自分の感情を、自然なものとして、理解してあげるのです。 私、毎回、同じような事を書き連ねていますね。 仮に、周りの人が今、あなたの感情をまだ分かりかねていると して。 そして、あなたまでもが、あなたの気持ちを批判して、非難していたら。 この世の、誰もあなたを理解しないことになります。 世界中の、過酷な人生を送っている人に対して、あなたは 申し訳ないと、思っているかもしれません。 今、恵まれている人々は、「恵まれていない」人々のことを もっと気に掛けて、その人々に対して心を開き、 事実を受け入れ、 理解の手を差し出すべきでしょう。 人は、人のことをもっと理解してゆくべきでしょう。 だとしたら、あなたがもし今本当に苦しんでいるのなら、 その事実を受け入れて、 あなたはあなたに理解の手を差し出しては如何でしょう。 自分を非難してしまうことも、あるでしょう。 でも、自分を理解してあげることも、忘れないでいて下さい。 ところで。 実際には、二つの道の、前者の「イバラの道」に どうしても押し流されてしまう場合が少なくありません。 その場合は、その心情を理解してゆくことが 私のような立場の人間の努めであると思っています。 精神療法の必要性が、ここにあるわけです。 そして、抗うつ剤なども、多くの場合に必要となってきます。 これが、日常診療の実際の光景です。 自分を批判してみたり。 そして、ちょっと理解してあげたり。 両方、やってみては如何でしょう。 少しずつ理解してゆけたら、いいですね。 本日の話は、これで終わりです。 これを読んでくださる方、どれくらい、いらっしゃるんでしょう。 思わず、自意識過剰になりつつ、キーボード入力を終えます。
by shin710Y
| 2009-08-24 21:23
| こころの健康
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