カテゴリ:こころの健康( 86 )

不安への対処 再び

仕事柄、不安の対処法をよく尋ねられます。
診察中も、この質問がとても多いです。

過去のブログにも、
いくつか不安の対処法を書いているみたいですから、
そちらもご参考にしていただければと思いますが、
今回も新たに少しまとめてみます。

不安がいっぱいになって、ワーッとなりそうだったら、
どうしたらいいですか。

はい。

第1位(ベスト)
問題の解決にフォーカスします。
「どうやったら、良くなるだろう?」と自問自答します。

何か一つでも、実行できそうなことが見つかると、
いいですね。
小さなことでも、いいのです。
千里の道も、一歩から。


第2位(ベター)
気分転換する。
問題から離れて、しばらく忘れてしまう。

妙案がわかない場合は、
音楽を聴いたり、寝たり、遊びに行ってみるのも
いいでしょう。


第3位(ワースト)
不安に没頭する。
「うまくいかなかったら、どうしよう?」という自問自答を
繰り返す。
そして、悪い事態を次々に想像してゆく。

たしかに、うまくいかないときのことも考慮しておいたほうが
いいかもしれません。

どこまで押して、どこからは撤退するのか、
あらかじめ考えておくことは賢明なことだと思います。

ただ、これも、あくまでも起こりうるマイナスな事態を最小限に
食い止めるために考えることに意味があると思います。
被害を最小化するために、失敗した場合のことも考えておく。


例えてみましょう。
これから、60分で試験問題を解くとします。

60分全部を、回答を書くことに費やせば、
少しでも多くの問題を解けるでしょう。

ところが、試験が始まったというのに
「解けなかったら、どうしようか」と30分考えてしまったら、
どうなるのでしょうか。

回答時間は、あと30分しか残っていません。
相当頭の良い人でないと、全部の問題を解けないのでは
ないでしょうか。

では、「失敗したら、どうしよう?」と50分考えていたら、
どうですか。

残り時間わずか10分で試験を解かないといけません。
その時点で、戦意喪失してしまうかもしれません。


なるべく、改善策を考えることに
時間を費やしたほうが、賢明であろうと思われます。


ここからは、少しおせっかいかもしれませんが、
特にお若い方向けに、
某・中年男性による解説を試みさせていただきます。

自分の考えだけでは、解決策が見つからない場合は、
調べてみます。

本やネットに、ヒントがあるかもしれません。
似たような事例が、載っているかもしれません。

それでも、分からなければ、
どなたか信頼できそうな人に頭を下げて、
尋ねてみるのがよいでしょう。

不十分なものでもよろしいですから、
一旦自分なりの答えを作ってみます。
状況を整理整頓します。

そのうえで、相手に尋ねると、相手も教えやすいでしょうし、
自分の問題解決力も上がります。

アポイントを取ります。
相手の許可を得ます。

そして、お会いします。

そこで、必ずしもすべての問題が解決しなくても、
自分の問題に向き合ってもらえたことや、
時間を割いてくださったことにお礼を言います。

このように、礼節を守っておけば、
次回からも快く相談に乗ってもらえるでしょう。


さて、このように色々と手を尽くしてみたものの、
それでも不安で不安で、夜も眠れず、食事ものどを通らず、
体調まで崩れてきそうであれば、
治療の対象になってくるかもしれません。
何かお薬を飲んでみたほうがいいかもしれません。

何かの参考になりましたら幸いです。

さて、前回ブログで花が咲いてきた写真を
掲載しましたが、その後花が満開になって
院内にいい匂いがプンプンしていました。
その様子をご覧いただけるとうれしいです。
では失礼します。

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by shin710Y | 2016-03-18 21:00 | こころの健康

明るい忍耐

「もういくつ寝ると、お正月」

今日は8月10日。
お盆が迫っているこの時期に、何を言っているんですか。
筆者の脳機能を心配される方も、あることでしょう。

冒頭のフレーズは、一つの例えとして、出してみました。

何か楽しみのイベントを待つとき、人はどんな気分になっているでしょうか。

例えば、大好きなアーティストの公演チケットが手に入った時。
あるいは、明日ものすごい試合があるので、
徹夜組となってスタジアムの前で一晩待っている時。

お目当てのイベントを待っている時に、
その人は何を感じているのでしょう。

おそらく、ワクワクしていると思います。

待っている間、強いストレスを感じて耐え難い思いをしているとは、
ちょっと想像できません。

お楽しみイベントを待っている。
じっと、我慢しているとはいうものの、ストレスはありません。
これから、楽しみが待っているのですから。
ルンルンでしょう。

だとすると。

少々難しいことに取り組んでいても、
これを達成すれば明るい未来が来るのだと信じることができたら。

明るく楽しいことが実現できるのですから、
落ち着いて取り組めばよい、ということになります。

少し言いにくいことを相手に伝える場合であっても、
必ずお互いのためになることであれば、
それはお互いの明るい未来を作り出す取り組みですから、
本当はストレスにはならない。

明るい未来が、向こうにある。

簡単には、相手に納得してもらえないかもしれません。
やはり、お互いの意見は平行線をたどるかもしれません。
現状を打開できないかもしれません。

結果的に現状維持に終わるかもしれませんが、
誰も滅茶苦茶な未来を作りたいと願ってはいないことだけは
確かだろうと、私は考えます。

お互いによりよい毎日であってほしい。
その想いだけは一致していると思います。

例え意見が対立しても、
根底にある思いだけは一致していることを確認する。

そして、お互い本当は前向きなんだと理解しあって、
明るい未来に進む。

明るい忍耐です。

分けのわからない話だったのかもしれません。

七転び八起きのスピリットで、
皆様とともに一歩一歩進んでいけたらと思っています。

失礼いたしました。
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by shin710Y | 2015-08-10 20:50 | こころの健康

人生相談と、診察・治療の違い

誰かとの関係が悪く、今とても悩んでいて、苦しいとします。

実際に、人間関係の悩みは、職場のストレスとして最も多いものです。
そのため、人間関係の悩みや苦しみが診察場面で取り上げられることは多いです。

そこで、
「そういうのは人生相談であって、診察とか治療とかとは違うのではないですか」
というご質問を時々受けます。

人生相談と、診察・治療の違いは、次の3点に集約できます。


① 診察では、医学的な見立てがあります。

診察では、その人の苦しみの度合いを見立てて、その度合いに応じた対応をします。

一般の人生相談では、病気の診断は出来ません。
もっぱら個人的な体験に基づいたアドバイスに限定されると思われます。

人間関係の苦しみは程度によって、次の3段階に分類できると考えています。

苦しいが、健康なレベル

健康と病気の中間レベル

病気レベル

どのレベルの問題なのか、それをご一緒に検討して、
当方の見立てをお伝えします。

どのレベルの問題であっても、ご来院いただいた以上は、
当院として出来ることをさせていただきます。

健康なレベルであれば、例えば今後病気を予防するために
気をつけていただく点についてのアドバイスを行います。

今の自分の苦しみが、うつ病というほどには至っていないと分かって
安心される場合もあります。

逆に、今の苦しみは治療対象となる病気の症状だと分かり、
対応の方向性が見えて安心される場合もあります。


② 診察には、一定の「型」があります。

(ⅰ)診察は、明らかな目標をもって取り組みます。

・今お困りの人間関係に対処する方法をご一緒に見つけていくことで、
 症状を和らげていくことを目標とします。

・特に重要と思われる問題について、絞り込んでいきます。

・過去の問題ではなく、現在起こっている問題に優先的に取り組みます。

・患者さんご自身が生活の場でよりよく対処できるように、
 サポートさせていただきます。


(ⅱ)次に、診察の流れについて、型があります。

何となく、お話をお聞きすることはありません。

お話をお聞きして情報を集める

問題を整理して、絞り込んでいく
(診断と、病気の程度も見立てていく)

問題への対応策を、ご一緒に考える

対応策を実行してみる

その結果を検証する

必要に応じて、軌道修正していく


(ⅲ)最後に、お話の聴き方にも、型があります。

相談者の心を開いて頂けるように、共感しながらお聞きします。

次に、適宜こちらからも質問し、話の焦点からそれていかないように、
誘導していきます。

また、相談者の視野を広げるために、
認知療法などの心理療法の要素も取り入れながら、お話をお聞きします。


③ 診察には、医学的・心理学的な説明やアドバイスがあります。

睡眠や食事、運動に関して、助言します。
病気と診断されれば、その病気の特徴について、ご説明します。

人とのコミュニケーションの取り方について、
心理学の知識にもとづいた助言も可能です。

もちろん、お薬を使う場合は、お薬に関する説明も行います。


以上をまとめますと、診察では単なる相談と違い、
①見立てがあり、②型があり、③医学的な説明やアドバイスがある、
ということになります。
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by shin710Y | 2015-02-13 20:29 | こころの健康

通常の悩みや人生の苦しみと、病気の症状との違い

人生に、悩みや苦しみはつきものです。
健康な人にも、不安や恐怖はあります。

「トム・ソーヤーの冒険」の著者、マーク・トウェインはこう言いました。

「勇気とは恐怖への抵抗であり、恐怖に打ち勝つことである。
恐怖がないことではない」

誰しも、時には悲しみやショック、心配などで、
なかなか気持ちの整理がつかないこともあると思います。

あるいは、食事がのどを通らない(食欲の低下)、
眠れない夜を過ごす(不眠)、全身がだるい(全身倦怠感)などの、
体の症状を伴うかもしれません。

このような心身ともに辛い状態を来していても、
それが一過性であるならば、まあ健康と言えるでしょう。

今は正直しんどいのだけれども、
そのうちまた何とかなるのかなと思えていて、
食欲や睡眠などの体調が普通で、
仕事や家事、勉強が大体こなせていれば、
必ずしも治療の必要性はないでしょう。

しかし、苦しい期間が少し長引いている、
あるいは、良くなったり悪くなったりを繰り返す、
どうもすっきりとしない状態が続いている場合は、
健康と病気の中間、
いわゆるグレー・ゾーンに入っている可能性があります。

この段階ですと、自然に軽快していく可能性もありますが、
そうとも限りません。
医療機関に受診されるのも一つの方法です。

その際は、心療内科や精神科ではなく、体調の問題を気にされて、
内科や整形外科、脳神経外科、婦人科に受診される方が多いようです。
心療内科でも、もちろんお役立てできることがあります。

一方で、明らかな病的症状というものもあります。

例えば、気分がゆううつな場合、
これがほとんど毎日、一日中、2週間以上も持続しているとなると、
うつ病である可能性があります。

健康な人が経験している不安も、
度を越して行くと、病的な不安へと発展していきます。

正常な不安ではない、病的な不安とは、次のような場合をさします。

・特に理由もないのに、強い不安がある。
・パニックなどの、心がかき乱されるような激しい不安がある。
・不安が一時的ではなく、予想をはるかに超えて長く続く。
・動悸や呼吸困難、震えやしびれなどの、不快な身体的症状を伴っている。
・生活に大きな悪影響がある。

これらの点がたくさん当てはまれば当てはまるほど、
病気の症状と言えるでしょう。

つまり、あなたが心配されている症状が、
ある病気の症状の記載(特に厚生労働省や医療機関のサイトの記載)と
同じであるだけではなく、
その症状の程度が強く、長く、生活に悪影響があり、行動力を落としている場合、
病気の症状である可能性が高くなっていきます。

このような段階であれば、心療内科や精神科の門をたたかれることを
お勧めします。

自分が結局どのような段階なのか分かりにくい場合も、
一度受診されるのもいいかもしれません。

基本的に、お一人お一人のご判断にお任せしております。
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by shin710Y | 2015-02-06 20:28 | こころの健康

自分は健康なのか、病気なのか

当院では、主にICD-10という、国際疾病分類に基づいて診断を行います。
公な診断書を書く場合、ICD-10に則って書く必要があるためです。
なお、ICD-10とは、世界保健機関(WHO)が作った分類です。

さて、実際に病気かどうかは、診断基準に当てはまるかどうか、
という単純な問題ではないと、考えられます。

理由の一つは、正常な場合でも一時的に病気の診断基準を
満たしてしまうことがあることです。

例えば、突然の別れや不運、人生の過酷な試練に際して、
当分のあいだ悲しみや落ち込み、不眠、食欲の低下をきたすことなどは、
誰にでも起こりうることです。
ごく自然なこととして、しばらく様子を見ていれば
次第に落ち着いてくることもあるでしょう。

しかし、診断チェックリストをみたところ病気に該当するということで、
すぐに治療を開始した場合、余計なお節介になるのかもしれません。
難しいところです。

もう一つの理由は、必ずしも診断基準を満たしていなくても、
治療を開始した方がよい場合もあることです。

例えば、忍耐力が強く、少々のことでは音を上げないタイプの人は、
症状をほとんど自覚していない場合があります。
この際、そのまま放置していると瀬戸際に追い詰められてしまい、
いつか破綻をきたしてしまうことがあるかもしれません。

このように、心の病であるかどうかは、
診断基準に合致しているかどうかだけでは判断できない面があります。

以上をまとめると、二つの問題に集約できます。
①病気でないものを、病気にしてしまっている問題(過剰診断)
②病気が病気として、きちんとみなされていない問題(見落とし)

さらに、健康と病気は連続的なもので、両者の中間にグレーゾーン
(白でも黒でもない、灰色)がある、ということもご理解いただきたいと思います。
東洋医学にある「未病」という考え方が、この灰色部分を表しています。

健康 ⇔ 未病(グレーゾーン) ⇔ 病気

この灰色部分にしても、かなり健康に近い場合もあれば、
病気のほんの一歩手前という場合もあるでしょう。
これらを短時間で正確に見分けることは、なかなか難しいことです。
慎重な判断が必要です。

心の病の診断に関しては、ICD-10のほかに
DSM-5という診断分類があります。
これは「精神疾患の診断と統計マニュアル 第5版」のことで、
アメリカ精神医学会が作った診断分類です。

これは、診断と統計の「マニュアル」だと、はっきり書いてあります。
ここが重要です。

一般的にマニュアルというものは、
物事を整理整頓するうえでとても役に立つものです。

ちなみに、当院でも職員用のマニュアルを
長年かけて手分けして作ってきましたが、
なかなか手間のかかる作業です。

いわんや、DSM-5においておや。

一方、マニュアルもそれ自体で万能ではありません。

マニュアル通りに仕事をしても、
実際の仕事では解決困難なことがたくさんあります。

つまり、マニュアルというものはバイブルではなく、
むしろ土台となる知識にすぎません。

マニュアルは、必要なものであり非常に有難いものではあるが、
それだけで十分なものではない。

こういう点に注意しながら、情報を集め、
病気なのかどうかを見極めていく必要があると
考えています。

参考になさってください。
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by shin710Y | 2015-01-26 18:23 | こころの健康

健康の意味と、統合医療について

私の場合、サッカー日本代表の試合があると、
ブログを更新する元気が出る傾向があるようです。

さて、今回は、「健康」の意味について考えてみたいと
思います。

WHOによる、健康の定義によりますと、

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、
肉体的にも、精神的にも、スピリチュアルにも、そして社会的にも、
すべてが満たされたダイナミックな状態にあることをいいます」

もし本当にこんな人がいたら、ほとんど神様ではないかと思いますが、
個人的には、究極の健康とはこのような状態であると思っています。

定義上、健康には、四つの面があると説かれています。

①肉体的・物理的な面
②精神的な面
③スピリチュアルな面
④社会的な面

ここでは、上記①②③の3つの面に対する医療について、
その内容を考えてみます。

①物理的な面:
薬物療法、食事指導、運動療法、
睡眠や生活リズムの改善

②心理的な面:
カウンセリング、コミュニケーションの練習、
人間関係への対応など

③スピリチュアルな面:
現在、がんの治療でスピリチュアル・ケアという言葉が聞かれます。
自分の人生は、どのようなものであったのか。
人は、死ぬとどうなるのか。
生きる目的とは何か?
このような、究極の問いに向かい合うことかと、
個人的には理解しています。

医療は、最後の最後で、こうした点に行きつくと思います。

私自身は、これらの様々な面を組み合わせた、統合医療に
大変興味を持っています。
統合医療は、ホリスティック医療とも呼ばれているようです。
人間を、全体的にみていく医療です。
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この中で、お薬に関しますと、実際に当院に通院されている
患者さんの90%以上に薬を処方していますし、

治療を軌道に乗せていくために上手に薬を使うことは
大切であると考えています。

ただ、あくまでもその方の病気の特性や重症度によるのですが、
安定してきた段階で、薬以外の方法も柔軟に導入してゆきたいと
考えています。

幸い、薬以外の色々なアプローチに関する知見も、
徐々に集まってきているようです。

人間の体や脳の仕組みは、大変素晴らしいものがありますので、
それらを有効に活用し、自然治癒力を高める医療に取り組んでいきたいと
思っています。

最後に、今一度「スピリチュアル」という言葉について、述べてみます。

この言葉は、日本語にピッタリとくる表現を見つけるのが、
なかなか難しいようです。

ただ、個人的には、直訳すると、
ズバリ「霊的」「霊性」 という言葉が該当すると思います。

しかし、医師が「霊」や「魂」という言葉を使うのは、
日本では問題となる場合が多いです 。

そこで、包括的な意味合いをもたせて、
「いのち」と表現するのがいいのかもしれません。

ここでは、むしろ医療従事者ではない方の表現のほうが、
スピリチュアルという言葉の意味をイメージしやすいのではないかと思います。

スポーツ選手の例をあげたいと思います。
ご参考になれば、幸いです。

自分を子供のころから鍛えてくれた父親が、病に倒れ、他界してしまった。
生前の父は、自分の活躍を期待し、
「お前は、やれば出来る。自分を信じろ。必ず一花咲かせるんだぞ。」
と言ってくれていた。

父の言葉に勇気づけられ、必死で練習し、結果を出した。
そして、ついに栄えある立場に選ばれた。父との約束を果たした。

天国にいる父が、一番喜んでくれたと思う。
親父、ついに俺はやったぞ。本当に、有難う。

父の、子に託した想い。
その想いに応えたい気持ち。
天国から見守ってくれた父への感謝。

想いと想いが、時空を超えて、通じあう。

想いというものは、姿も形もありません。
可視化できません。
でも、確かにそこに実在している。

その、見えないものを、感じ取っていく。

スピリチュアルって、こういうことではないかと思います。
如何でしょうか。

有難うございました。
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by shin710Y | 2014-10-15 23:34 | こころの健康

夜眠れない時の過ごし方

夜、思うように眠れずお困りの方がたくさんいらっしゃいます。
治療が必要なくらいの不眠症であれば、睡眠薬の処方も必要となります。

薬物調整は、医師とご相談のうえ、行っていくこととなりますが、
薬を使うかどうかにかかわらず、ご本人自身の養生も大切になってきます。
養生とは、生活習慣の改善など、自分自身による健康管理の事です。

そこで今回は、不眠症治療のガイドラインや、
不眠症治療の大家の書かれた書物を補う形で、
私の考えていることをご説明いたします。

あまり学術的なことではありませんが、私の考え方をご参考にしていただき、
その上でガイドラインに書かれているようなことを実践していただくと、
睡眠がより一層改善するのではないかと思っています。

さて睡眠は、一日の義務から解放される時間帯です。
義務や努力をする必要から解放され、のびのびと過ごす時です。

ところが、いざ寝床についたら、
「眠らないといけない」「眠れないと、困る」
と思ってしまう方が少なくありません。

眠ることが、重要な義務となっています。

眠れない時間が経過すればするほど、
眠ることはより一層重要な義務と化していきます。

どんどん、焦ってきます。
寝返りを打っても打っても、それでも眠れません。
ますます、プレッシャーが強まります。

さて、プレッシャーがかかると、人間の脳はどうなるのでしょうか。

例えば、授業中に先生から指名された学生は、プレッシャーを感じることになりますが、
指名されることで目が覚めるのか、逆に眠気を催すのか。
言うまでもなく、ハッとして目が覚めるでしょう。
プレッシャーがかかると、人間の脳は覚醒すると思われます。

つまり、「眠らないといけない」と考えることは、
自分に義務を課し、プレッシャーを与えますので、脳が覚醒してしまい、
睡眠をとる上では逆効果になるというわけです。

では、どういう考え方が、睡眠をとる上で効果的なのでしょうか。
私の考えは、こうです。

眠ろうと思ったら、眠るという目標を忘れてしまうことです。
眠ろうと思うから、余計に眠れなくなるのです。

寝床では、眠ることを考えるのではなく、
「今ここに横になれる幸せ」を満喫してみてください。

あなたは、横になって休むことが好きですか。
それとも、嫌いでしょうか。
私などは、横になってゴロゴロと休むことは大好きです。

そして今まさに、ゴロゴロ出来る時が来たのです。
ゴロゴロ出来る喜びを満喫してみましょう。

足を寝床でスリスリしてみたり、布団の肌触りを楽しんでみたりして、
子供のように無邪気に過ごしてみてください。

明日のことはなるべく考えないのです。
今日や昨日のことも、なるべく考えないのです。
今この瞬間を、楽しんでみるのです。

眠ろうと考えずに、横になって純粋に休息してみてください。
ぼんやりと、ダラダラとしてください。

繰り返しますが、夜の就寝は、努力から解放される時間帯です。
眠ろうと努力して、頑張ることをやめてみましょう。

たとえ、明日色々と大事なことがあるのだとしても、
今ここで横になって休む権利はあるのです。

むしろ、明日が大変な一日であればあるほど、
今ここで休める幸せを満喫していただきたいのです。

横になって休めるということは、今目の前に屋根か天井があって、
雨露をしのげる住環境で休ませてもらえる事実があるわけです。
有難いことです。

今日も一日、何とか過ごせた。
その有難さ。
そして、今ここに横になって休めている幸せ。
それを感じて、横にならせてもらえることに感謝して、ただ休んでみてください。

そのほうが、「眠れない、眠れない」と悶々として過ごすよりも、
休息効果が高まると思いますし、
結果的にいつの間にか眠りに落ちる確率も高まると思います。

一旦眠った後で目が覚めたら、また同じように、
寝床で横になれる喜びと幸せを楽しんでみてください。

ポイントは、今この瞬間を楽しむことです。
そして、休ませてもらえている事実に感謝することです。

ただ、色々試してみても、どうしても眠れずお辛い時は、
我慢しすぎずに薬を使ってみてください。
不眠症を1週間も2週間も放置するのはよくありません。
当院でも、ご相談に乗らせていただいております。

以上、ご参考になれば幸いです。
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by shin710Y | 2014-04-14 19:05 | こころの健康

世界で一番幸せな人

遅くなりましたが、本年もよろしくお願いいたします。
賀状を下さった方、有難うございました。
以前通院されていた方から嬉しいご連絡もいただきまして、
喜んでおります。
どうぞお元気にお過ごしください。

さて、正月にネットを見ていましたら、面白いサイトに
行き着きました。

科学的に測定された中で、人類史上最も幸せな人が
紹介されていました。

「TED google 思いやり 」でググってください。

「チャディー・メン・タン: Googleには毎日思いやりがある」
という動画です。

その中で、たぶんチベット仏教のお坊さんだと思われる人が
幸せチャンピオンとして登場しています。

この方の脳の状態を、
fMRIという脳機能画像検査で測定してみると、
思いやりの気持ちで瞑想しているときに
最も幸福感が強くなったことが分かったということです。

そして、思いやりの感情を持つことは、単に楽しいだけでなく、
経済的にも良い結果をもたらすとのことです。

とっても、いい話ではありませんか。

道徳的な話は、得(とく)な話でもあるということになります。
元気の出る話では、ありませんか。

興味を持たれた方、10数分のビデオですので是非ご覧ください。


ではなぜ、思いやりは幸福感をもたらすのでしょう。

理由として、私の印象としては、

思いやりの気持ちによって人は真に相手とつながることができる。
そして一体感が生まれる。

また、相手への貢献に集中することになり、
人間の奥深い欲求を満たすこともできる。

こうしたことが、幸福感をもたらすのではなかろうか。

いかがなものでしょう。


なお、この動画では
fMRIという脳機能画像検査が紹介されていますが、
脳磁図(MEG)という検査法もあります。

私は、Transcendental Meditation という瞑想の時に
出る特殊な脳波の仕組みを、脳磁図で調べてみました。

瞑想中は、アルファ波がたくさん出てとてもリラックスするのですが、
そのアルファ波は、脳の一体どこから出てくるのかを調べました。

その結果を、下の論文にまとめています。
http://ousar.lib.okayama-u.ac.jp/metadata/30752

このページで、「フルテキストURL」というところをクリックすると、
PDFファイルが開けるようになっています。

ここで筆頭著者名は、Shin Yamamoto となっています。

開業後は、私のことを
「まこと先生」と呼んで下さる方が多いのですが、
実は本名は「やまもと しん」です。

「やまもと まこと」というのは、芸名です。
紛らわしくて、すみません。


さて、脳磁図のような大変ややこしいことは、
とてもとても一人で理解できることではありません。

正直に言えば、実はいまだによくわかっていません(!)

ですので、大援軍を呼んで助けていただいて作成しました。
人に助けてもらうのは、私の特技となっています。


(今回のまとめ)
「お・も・い・や・り」は、心の健康を促進し、経済を向上させる。

以上です。有難うございました。
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by shin710Y | 2014-01-24 21:21 | こころの健康

俺は何をやっているんだ!

先日のNHKテレビ「仕事ハッケン伝」、
見ました。

京都の老舗料亭にて、1週間限定で
若い漫才師さんが修行させてもらい、
難しい課題に挑戦する様子を拝見しました。

この番組は、とにかく質が高い。
ときどき見るのですが、泣けます。

そこの職人さんの一言一言が、とても重い。
記憶をもとに、大体のところを綴りますと、

「私たち料理人には、責任があります。
農家のみなさん、市場のみなさん、その他のみなさんが
精一杯いい素材を届けてくださります。
最後に、私たちが料理をして、お客様にお届けします。
生半可な仕事は、できないのです。」

「料理は、ただ作るだけが料理ではありません。
それをお客様にお出しし、おもてなしをして、
お客様の反応をみます。
そして、喜んでいただく。
そこまでして、初めて料理したことになると
教わっております。」

「この修行も、仕事も、何のためにするのか。
すべてのベースにあるのは、

『お客様に喜んでいただく』

そのために、ここで行うすべてのことが
あるのです」

「仕事というものは、『する』ものではありません。
『させていただく』ものです。」

などなど・・・。

私も、これらの言葉は、言葉としては
知っていました。

ただ、この料亭の皆様は、それを体現されていました。
知っているだけではなく、血肉となし、マスターされていました。
そして、決して驕ることなく、まだまだ貪欲に自分を高めて
ゆこうとされている意識がビシバシと伝わってきました。

そこは、料亭の名を借りた「道場」であり、「修道院」でした。
神聖な空気が流れていました。

衝撃でした。
心が洗われる思いでした。

そして同時に思いました。

俺は、今まで、何をやっていたんだろう!
(正確には、「俺」ではなく、「ワシ」は。)

私は、思わず自分の頭をげん骨で一発殴りました。
もう一発、殴りたいぐらいでした。

しかし。

たしか脳科学者の本に、頭をコツンとたたいたくらいでも、
脳細胞が数千個死滅してしまうと書いてあったな。

それ以上頭をたたくのは、やめておきました。

極端になっていはいけません。「全か無か」思考に陥ってはいけません。
自分のこれまで行ってきた仕事にも、一定の価値はあるだろう。

自傷行為。
今回の私の行動も、一種の自傷行為でしょう。

話は飛びますが、何年か前の世界野球大会である
ワールド・ベースボール・クラシック、いわゆるWBCの時でのことです。

日本代表が苦戦して、多くの選手が丸坊主になっていました。
ダルビッシュ君も、丸坊主でした。

別に、予選リーグ敗退したわけでもありません。
まだ、上のステージに上がれる可能性があったのです。
そして、最後は優勝を遂げたのです。

しかし、選手たちは、自分の戦い方のふがいなさに、
自ら懲罰を与えたのでしょう。

何をやっているんだ、俺は!

一人、そしてまた一人と、丸坊主を決意したのでしょう。
若くて、オシャレに気をつけて、いい格好をしたいはずなのに。

若人の、心意気です!

リストカットや、拒食になる心情も、「自分に罰を与える行動」という
説があります。

分かるような気がします。

少なくとも、今回の私の行動は、自分を叱り、発奮させるための
ものだったような気がします。
叱る師匠と、叱られる弟子の、一人二役という感じで。

私も、まだまだ若いのかな。フフフ・・・。

あとで、自分の頭をナデナデしておきました。

では失礼します。
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by shin710Y | 2013-09-29 10:39 | こころの健康

おいしく食べて痩せる方法

食べたい、でも痩せたい。
出来れば、目一杯食べて、それでも痩せたい。

よく考えると、実は私もこんな都合の良い願望を持っています。
私の場合は、酔っぱらっても二日酔いしないお酒が欲しいです。
出来れば、飲み会でベロンベロンに酔っぱらっても、
それでも次の日にスッキリと起きて快調に仕事をしたいです。

まあ、明らかに矛盾しています。
この連立方程式は解けないように見えます。

でも、本当に解決策がないのかしら。

以前、「どん詰まりからの数学的脱出」
(2008.10.14)と題して少しご紹介しましたが、
少なくとも数学の問題に関しては、
すべてのn次方程式には解があります(ガウスの定理)。

たとえ難しい問題ではあっても、答えのない問題は、ない。

しかし悲しいかな、5次方程式以上の方程式は、
代数的には解けません(ガロアの定理)。
答えがあることはわかっているのに、その答えが出せないのです。

では、どうするのか。

代数的方法を超えた、もっと高次元の超越的な方法を用いれば、
答えを出せるかもしれません。

数学の世界から目を離して日々の生活レベルで考えてみれば、
我々の日常には何らかのストレスがあり、
それを手っ取り早く解消したくなります。

それで、つい食欲に走ったりお酒をあおってしまうのですが、
本当は、ストレスそのものは食べてもお酒を飲んでもなくなりません。
ストレスを、一時的にごまかしているのです。
むしろ、食べたりお酒を飲むことが、新たなストレスにも
なってしまいます。

対症療法の限界です。
あたかも、代数的方法をもってして、
5次以上の方程式を解こうとするが如し。

川の流れに例えると、川上にストレスがあり、
そこで汚れが発生し川下に流れてくる。
川下に流れてきた汚れをカモフラージュしようとして
食べる、飲むという構造です。
原因である川上にはアプローチ出来ていない。

そもそも、何がストレスになっているのか。
原因がわからないこともあります。
場合によっては、原因は無意識の底のほうに抑圧されていて、
頭で考えただけではわからないかもしれなません。

ただ、何かをストレスに感じているとき、心の中には
何らかの対立が生じています。
例えば、人間関係のストレスとは、
お互いの関係が対立した状態で生じます。

その時は、自律神経の中でも交感神経の働きが優勢になります。
「食うか、食われるか」「戦って勝つか、逃げるか」という状態です。

当然、心も体も緊張します。リラックスとは反対の状況です。
緊張が続けば、心や体に様々な不調が発生します。
その不調を紛らわすために、お酒を飲むのです。
お酒で、一時的に開放されます。

私も今でも時々飲みますし、20代の頃は結構飲んでいました。
好きです。

ただ、残念ながらお酒は心身を健康にはしてくれません。
夜の睡眠では、お酒は寝つきを良くしてくれても
その後の睡眠の質を低下させてしまいます。
実は、お酒は精神不安定剤なのです。

困りましたね。一体どうしたら良いのでしょう。

食べ過ぎやお酒の原因となっている
ストレスをなくす一番の方法とは。

以前にもご紹介しました。
ストレスをなくす究極の方法、それは「感謝」です。

こういう話を聞きたくない人も、中にはいるかもしれません。
ですが、ここを理解できれば、これからの生活が
大いに豊かなものになると思います。

感謝の反対とは、「当たり前」という考え方ではないでしょうか。
必要なものがあるのが、当たり前。
与えられているものに目が向かないで、あるのが当たり前。
有難味は、ありません。

あるものではなく、ないものに目が向きます。
あれがない、これがない。
心の中に、不満や不平が生じます。
ストレスが非常にたまりやすい状態です。

そこで、ないものではなく、あるものに目を向けることが大切になります。

先週ですか、NHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」で
車いす会社の社長さんである春山満さんのインタビューを拝見しました。

「ないものを数えるのではなく、あるものを数えろ」

人生の極意を教えていただきました。有難うございます。
春山さんのサイトに行ってみてください。
インタビュー映像も見られるようです。

感謝を脳科学的にみると、多分どこかの学者先生が
すでに解明されているとは思うのですが、
「報酬系」と呼ばれるA10神経回路にドーパミンが
流れているのではないかと思われます。

いい気分になります。

報酬系は、別名「快感回路」とも呼ばれています。
自分にとってのご褒美をもらった時に動く回路です。

感謝とは、自分に与えられているものに気づくことと言えましょう。
自分に与えられたものは、当たり前に与えられたのではなく、
有難いものなのです。

有難い。
「有ることが困難であること」、すなわち有難いことです。

別にドリームジャンボでなくとも、
本当は私たちの身の回りにあるものは
有難いことに満ち溢れているのです。

食事を有難く感謝していただく。
ああ有難い。もったいない。かたじけない。

まだまだ至らない自分であるにもかかわらず、
それでもなお、こうして今日も食事が与えられた。

「有難いなあ・・・」と思いながら、
同時に「うざいな」「クソ」「許せねえ」「ここで会ったが百年目」
などと対立した感情を持つことは、難しいですよね。

そうなのです。感謝とは、対立を超越した想念なのです。
したがって、そこに対立はなく、穏やかで平和な世界が展開します。
対立とは次元が異なるのです。
ストレス食いする必要など、なくなってしまいます。

農家や流通業者、その他皆さんの立派なお仕事によって、
何よりも大自然の恵みによって、今目の前に食事があるのです。
今日もお食事をいただけることは、まことに有難いことなのです。

お酒もしかり。良かったです。
今日もこうしてお酒が飲める。

ヤケ酒ではなく、感謝のお酒です。
そうすれば、多分深酒などせずに、ほどほどに
切り上げられるのではないでしょうか。

(なお、アルコール依存症の方の場合は、節酒は無理です。
断酒しか、ありません)

私も体調管理に気を付けてみますので、ご参考にしていただければ幸いです。
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by shin710Y | 2012-12-07 13:58 | こころの健康