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お風呂で出来る認知療法

認知療法は、出来事の受け取り方を柔軟にして
幅広い考え方が出来るように練習することで
気分を楽にしたり、行動力を上げる治療法です。
一般の方向きの本もたくさん出版されています。

認知療法のための認知療法ではなく、あくまでも
一つの治療法ですから、この治療をどうしても
しなければならないというわけではありません。

そもそも、当院では大抵の方の診察において
実は何がしか認知療法的な関わりを行っております。

さて、今回はちょっと変わった認知療法をご紹介したいと
思います。
「究極の認知療法:実践編」と題しまして、お届けします。

最初にお断りしておきますが、これは学会などで
公式に認められている方法ではありません。
ですから、何の科学的データが得られているわけでも
ありません。

あくまで、私自身が自分で実行してみて、これはいいなと
個人的に思っている方法をご紹介するだけです。
「認知」と言う言葉を非常に広く解釈して、気楽に
ブログにアップしているだけであることをご了解ください。


これまで究極のストレス対策・究極の認知とは「感謝」である、
とお話ししてきました。
そこで、今日は楽しく感謝する練習法をご紹介します。

ある方に、教わった方法です。
「湯行」といいます。

頭だけで感謝するのではなく、全身で感謝する方法です。

よく、おじいさんが温泉で
「極楽じゃあ~」と思わずうなっていますね。
あれをイメージしてみてください。
お湯につかれる有難さをしみじみ堪能しましょう。
それでは、具体的な方法についてご紹介します。

お風呂につかります。
「あー、あったかいな・・・」とお湯を全身で味わいましょう。

そこで、お湯は火の要素(熱)と水の要素の
二つの要素が合体して出来ていることを
思い浮かべます。

「もし、ここに火の要素がなかったら」と考えます。

すると、このお湯は真水か、氷になってしまうのだな。
火の要素があるから、自分は今こうして温まることが出来るのだな。
火の要素とは、なんと有難いものなのか、と身にしみて
感じ取ります。

発電所があるおかげだな。
色んな人が働いているから、ここに火のエネルギーが届いているのだな。

頭で考えるだけではなく、手や足や胴体で、その有難さを感じ取る。
火の要素がもし地球になかったら、凍りついた惑星になってしまうな。
火の要素があるから、こうして地球に命があるのだな。

次に、「もしここに水の要素がなかったら」と考えます。

水の要素がなければ、そもそもお湯自体が存在せず、
湯桶は空焚き状態となって自分はヤケドをしてしまうだけなのだなと
想像できます。

この世に水の要素がないと、ゆったりとお湯にはつかれないわけだし、
風呂場のうるおいや、自分の体の中の水分も全部なくなって
しまうのだな。
この地球は、乾ききった死の惑星になるだけだな。

水道があるお陰だな。
色んな人が働いているから、ここに水のエネルギーが届いているのだな。

さて、火と水は、まったく正反対の性質を持っています。

火は、熱くて、縦へ縦へ、上へ上へと燃え上がます。
水は、冷たくて、横へ横へ、下へ下へと拡がります。
この全く相反する性質の要素が、見事に合体しているのが、
お湯です。

二つの要素が溶け合って、いい塩梅(あんばい)に
なっているのです。
その絶妙の仕組みを、体で感じ取るのが、この
「湯行」です。

今日一日、無事に大怪我もせず安泰に過ごせたことも、
あわせて感謝すると、なお良いでしょう。

私は、この方法を10年以上前から知っていました。
たまに、やっていました。
多分2010年頃に、ようやく習慣化出来ました。
昨年の3.11大震災のあとは、とくに身に染みて
有難いと思えるようになりました。

正直なところ、これを行ずるのは何か面倒だったのですが、
今ではやらないでいると、歯磨きをサボったような感覚になります。
血行も良くなるし、気分もよくなります。

私の健康法の一つです。
物事に感謝するのが、以前より少しでも上達できていれば
いいのですが。まだまだですけどね。

よろしければ、是非お試しください。
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by shin710Y | 2012-02-21 19:32 | こころの健康

やってます認知療法

認知療法、面白いです。
病気のある方だけでなく、現在健康な方にもとても役立ちます。
アメリカでは、学校教育にも取り入れられているようです。
当院でも、必要に応じて治療に取り入れています。
実は、何年も前からやっておりまして。
ご興味のある方は、「不安・うつネット」をググッてください。

さて、以前このブログで、
「究極のストレス対策とは、感謝である」と書きました。
認知とは、物の受け取り方のことですが、
いろいろな受け取り方の中でも、感謝に勝るものはないでしょう。
そもそも、ストレスという言葉自体が、
物事を不快に感じているという前提に立っています。

しかし、同じ出来事でも違った解釈がないのか、
マイナス面だけでなく、プラス面もないのかとか、
実は相手の行動にもまったく悪意がなかった可能性もないかとか、
幅広い解釈をしてゆけるようになってゆくことが
認知療法の一つの目標になります。

少しずつ、広い目で周りの出来ごとを理解してゆく練習です。
でも、そんなことって、果たして自分でも出来るようになるのだろうか?
不安になる人が、少なくありません。

御安心ください。
認知療法のいいところとして、
「一見大変そうなことでも、小さなステップに分けて、
一歩ずつ進んで行きましょう」という基本的な考え方があります。

物事を、もっと広い視点で、柔軟に考えることが簡単なことでは
ないからこそ、練習してゆくのです。
そして、柔軟な認知から、実際に前向きな行動をとってゆくことで、
より良い結果を生み出せるようになれば一番喜ばしいことです。

泳げない人が、水泳教室に入った翌日に
バタフライを泳いだら凄すぎます。
でも、最初は「顔つけ」あたりから練習して、泳ぐという動作を
パーツに分解して、一つ一つ覚えてゆけば、いつか
個人メドレーだって出来るようになるでしょう。

「量質転化」という言葉がありますが、
量をこなして同じことを何度も反復練習してゆけば、
いつか質が向上してゆきます。
継続は力なり、というわけです。

次回は、認知療法の本には、決して書かれていないことに
ついて書いてみようと思います。

思わせぶりなエンディングにしてみました。
巨人の星のマンガで
マウンド上の星飛雄馬がワインドアップして降りかぶったまま
過去の回想シーンが走馬灯のように出てきて「次回に続く」と
画面表示されて終わってしまうかの如し。
では失礼します。
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by shin710Y | 2012-02-01 22:40 | こころの健康